1971年、宝石業界では老舗の宝石輸入・製造会社に、インテリアデザイナーの入社試験と勘違いして試験に臨んでしまった。その当時の社長の言葉、「人間は“縁”に従うべきだよ君、試験だけでも受けなさい」を半信半疑聞き入れて、今日がある。
「成りたくて成った」わけでないジュエリーデザインの仕事は、自他共に向いていると感じられた。が、1983年自宅に開店したジュエリー店は、13年間“販売のみの経験”をさせた。
子育て中に、過度にデザインを描き続けて睡眠不足が何年も溜まり、腎盂炎を繰り返した。デザインを収めた製造元から商品を仕入れての開店は、日本キャスティングクラブ(鋳造会社の研究仲間)の人々と訪れた“ミュンヘンの国際宝飾展”が、「日本人の創っているものは決して劣っていない!!」との大きな感激を与え、疲労困憊の私を背から押したのだった。
「楽しく仕事をする」には、「自分が本当にやりたいことをしよう」、と方向転換を考えた頃、「宝石は、何百万年もの間、宇宙光線が地中深く差し込んで結晶される」、という文章に出会い、その成立に畏敬の念で心が震えた。それを扱う仕事に“感謝すべき“と気づく。
「人間は“縁”に従うべきだよ」という言葉を今度こそ感謝と喜び≠ナ受け止めねば・・・・と、オリジナルのデザインを自社で造ること、日本のブランド品を造ろう!と秘かに決心した。すでに40代後半になってしまった。
1995年からワックス技法による制作を開始。「リフォーム」は、“その方に似合うもの”という課題と、“材料・御予算”という制限があるので、創意工夫のし甲斐が有り、楽しい。“制限”ある故に、自ずとオリジナリティーが生まれ、依頼者と制作者双方を喜ばせてくれる。
現在「リフォーム」は、当社が他社と差別化出来得る最良の仕事と自負している。なぜなら制作者が直に使用者と顔を合わせ、その方の印象や好み、そして重要な幾つかのポイントを観察出来るからで、「独り独りに対応するデザイン」こそが一番依頼者の喜ぶ事であり、この部分に、時間と心を注ぎ込むことを奉仕としている。制作者も3人となり、異種の技法をミックス出来る。
1998年頃、ある結婚式場から「オリジナルな結婚指輪」を依頼される様になったのをきっかけに、デザインが一番難しい、結婚指輪の見本創りに着手。左手の特徴と離婚防止ニナレタラ・・・というコンセプトを解け合わせたもの、を2005年に特許申請する。2006年に茨城デザインセレクションに入選し、2007年特許取得となった。お陰様で、若い方々との出会いも可能になった。
現在、商品はチェーン以外はすべて当社で創り出すシステムである。若い方々は通販で、中年の方々はテレビショッピングで、あるいは宝飾好きで一般の商品を目にしてる方々には、一般流通のデザインが感性に染み込んでおり、当社のものを“良し”と思えない方々がいらっしゃるのも当然である。
「人間は“縁”に従うべきだよ」と、お客様にもお勧めしつつ、ひたすら当社の全員が“各々の良心に従って創作に努める”事を常々言い、モットーとしている。













